年間第11主日2021年6月13日

イエス様は聴衆に質問します。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。」イエス様は聴衆に答えを与えます。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」イエス様は神様の国のことを私たちの日々の生活になぞらえて説明するため、私たちの日常生活から例を挙げています。イエス様は言われます。「天国は、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」私たち皆が知っているとおり、すべての種の中には命があります。そしてからしからとられた種は大きい木になります。神の国も同じです。洗礼を受ける時、神の国という贈り物をもらいます。すなわち、洗礼によって、私たちは神の子供になります。私たちは神の国の相続人になります。神の国は私たちのものになります。より具体的には、神様は私たちの魂と心の主人、私たちのお父さんになるのです。
しかし、神の王国とは何でしょう。どのようなものでしょうか。この国は物質でできていませんし、地図のように国境もありません。それから、イエスは神の国のことをどのように話したでしょうか。それは愛と平和と正義の国です。洗礼を受けた後、神の国は私たちの心に入ります。つまり、地面に蒔かれるからし種のように。神様の愛と平和は私たちの心の中に入ります。この愛や信仰は初めは小さい愛や信仰です。しかし、だんだん成長すると愛や信仰は大きくなります。私たちが働いていてもいなくても、眠っている時も起きている時もか、遊んだり旅行している時もいない時も、私たちが何をしているのかどうかに関係なく、神様の愛と信仰の種は芽を出し、大きく育ち続けています。キリストと共に生きることによって、神の国は築かれます。福音を生きるキリスト者によってこの国は作られます。二、三人が、イエスの名の下に集まっているところに、神の国は出来るのです。さらに言えば、私たちががお互いに愛と敬意を示しているところに、神の国は実現します。愛と敬意を示し合う人々の心の中に神の国は実現するのです。
愛、信仰、希望や平和はすでに私たちの心の中にあります。これらのものは神様からただで与えられた贈り物です。この贈り物を毎日日々の生活の中で活かさなければなりません。これらの贈り物があることが神の王国があることを示しています。だから、愛と信仰、平和や希望をなくした人は、それを神様に求めるのです。これらの贈り物は神様からいただくものですが、努力すれば、すっかり自分のものとすることができます。もしそうなれば、神様は私たちを通して、すべての人を神様のもとへ引き寄せたいと思っています。今日の例え話は神様の国を探し求める上で、私たちに賢くなることを求めています。私たちは洗礼によって信者、つまり、キリストに倣う者になるのです。神様は私たちをこの世の闇から神様の国の光の中へ来るように呼んでいます。本当に、イエス様はまさに新しい道を示しています。神の国へ至る道は愛の道なのです。神の国は皆さんと皆さんの間にあります。そして皆さんの心の中にあります。アーメン。