灰と希望

カトリック亀有教会 主任司祭 イリネル・ドボシュ OFMConv.


 キリストにある兄弟姉妹の皆さんへ、2月は、私たちを少しずつ四旬節へと導いていきます。それは、回心と内的な刷新、そして真実に向き合うための時です。

 この歩みは、額に灰を受けるという、静かで深いしるしから始まります。灰は、人間のもろさ、限界、そして自分の力だけでは生きられないことを思い出させてくれます。私たちが時間や人生の主人ではないことを、そっと教えてくれるのです。

 しかし、キリスト者にとって、灰は絶望のしるしではありません。それは、新しい始まりの地点なのです。神は、私たちの弱さだけを見つめる方ではありません。神が ご覧になるのは心、立ち返ろうとする思い、神へ向かう小さくても誠実な一歩です。だからこそ、四旬節は恐れや悲しみの時ではなく、希望の時なのです。

 成果や効率、成功が重んじられるこの世界の中で、教会は私たちに思い出させます。神は、もろさを通しても働かれるということを。神は、灰を道に変え、沈黙を祈りに変え、弱さを恵みとの出会いの場へと変えてくださいます。

この2月、四旬節を迎えるにあたり、恐れではなく信頼をもって歩み始めましょう。神が、私たちの内で、静かに、しかし確かに働いておられることを信じて。神は、灰から希望を生み出し、もろさから命を生み出されます。

祈りと祝福を込めて。